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ニッケミよもやま話

  ニッケミって何?

ニッケミは、「日本ポリケミカル」の略です。

昭和30年代から40年代初頭、まだ戦争の傷跡が完全に癒えないなか、日本人は夢とロマンと情熱を抱き、日本は未来に向けて大きく翔たきました。
長嶋茂雄デビュー、1万円札発行、所得倍増計画、カラーTV放送、東海道新幹線開通、東京オリンピック開催・・・・・、
そうした時代に、石油化学工業も立ち上がりました。

無機化学を中心に展開する東ソー(当時 東洋曹達工業)が立地する山口県周南地区においても、昭和39年(1964年)、石油化学コンビナートが建設されました。なかでも高圧法ポリエチレン(低密度ポリエチレン、商品名 ペトロセン)の企業化は、コンビナートの中核をなすものであり、その進展いかんでは、コンビナートの運命をも左右するものでした。
そのため、既に米国から高圧法ポリエチレンの技術導入を行い、総合化学メーカーへの道を歩み始めていた東ソーは、コンビナートの有力メンバーである、出光興産、トクヤマ(当時 徳山曹達)の協力を得て本事業に当たることになりました。昭和40年4月、3社の共同出資による「日本ポリケミカル」が設立され、東ソー南陽事業所のなかにプラントを建設、翌年9月には生産が開始されました。

また、同時に企業化したEVA(エチレン酢ビ共重合体、商品名 ウルトラセン)は当時、まだ用途らしい用途もない新しいコンセプトの樹脂原料でした。日本で初めて企業化されるEVAの良さを多くの方々に知って頂きたい・・・・・、お客様と一体になっての用途開発、商品開発がスタートしました。 ――― 市場の新需要を引き出し、それをポリマー製造に反映させ、研究成果とともに市場にフィードバックして行く ――― 研究・製造・販売の三位一体の活動が懸命に進められました。
その開発販売を担うために設立されたのが東ソー・ニッケミ(当時 日ケミ商事)なのです。

平成21年(2009年)、東ソー・ニッケミは40周年を向かえることが出来ました。
東ソー・ニッケミは、当時のお客様との熱い思いを、今後もずっと受け継いでいきたいと思っております。

 

注:「日本ポリケミカル」は昭和41年12月に東ソーの単独出資会社になり、昭和46年には、東ソーに吸収合併されています。